商法 条文 商法 解説
第3編 海商

第5章 海難救助
航海中は船が危険にさらされることは多い。その場合、海上にいる者同士で、互いに助け合わなければならない。しかし、助ける方は相当の危険をおかして行うわけであり、これに報酬を与えなければならないというのが本章の規定である。

商法ではないが、船員法で人命救助は船長の義務とされている。
第800条 【海難救助】

 船舶又ハ積荷ノ全部又ハ一部カ海難ニ遭遇セル場合ニ於テ義務ナクシテ之ヲ救助シタル者ハ其結果ニ対シテ相当ノ救助料ヲ請求スルコトヲ得
「船舶または積荷の全部または一部が海難にあった場合、救助する義務を負っていない者が船舶または積荷を救助したとき、その者はそれに対して適当な救助料を請求することができる。」

本条には、船舶や積荷の救助については規定されているが、人命の救助については規定されていない。これは、海難にあっている船から積荷などを強奪するという行為が横行していたためであり、船舶と積荷の場合だけ救助料を要求できると規定されている。そして、人命については、報酬をもらえるから助けるというのではなく、道徳上助けなければならないのである。

人命を救助し、船舶や積荷が何も救助されなかった場合は救助料はもらえない。だが、人命を救助し、船舶や積荷も救助された場合は、人命を救助した者も救助料をもらえる(第804条第2項)。
第801条 【救助料の額】

 救助料ニ付キ特約ナキ場合ニ於テ其額ニ付キ争アルトキハ危険ノ程度、救助ノ結果、救助ノ為メニ要シタル労力及ヒ費用其他一切ノ事情ヲ斟酌シテ裁判所之ヲ定ム
「救助料について特約がない場合、この額をいくらにするか決まらない場合は、危険の程度、救助により助かった物などがどれだけあるか、救助のための労力や費用、その他一切の事情を考慮して、裁判所が額を決める。」

決めるのは裁判所である。
第802条 【救助料の額を契約で決めた場合】

 海難ニ際シ契約ヲ以テ救助料ヲ定メタル場合ニ於テ其額カ著シク不相当ナルトキハ当事者ハ其増加又ハ減少ヲ請求スルコトヲ得此場合ニ於テハ前条ノ規定ヲ準用ス
「契約で海難にあった場合の救助料を決めていたとき、その額が著しく不相当なときは、当事者のうちのどちらからでもその額を増加または減少するよう請求することができる。この場合は、第801条の規定と同じように、裁判所が適当な額を決める。」

このような契約は、どちらかが非常事態で危険にさらされているときにされるものであり、急いで契約をしてしまったとか、困っていて仕方なくということが考えられる。その為、適当ではない額で契約などをしてしまった場合、後から客観的に裁判所が判断することとなる。
第803条 【救助料】

 @ 救助料ノ額ハ特約ナキトキハ救助セラレタル物ノ価額ニ超ユルコトヲ得ス

 A 先順位ノ先取特権アルトキハ救助料ノ額ハ先取特権者ノ債権額ヲ控除シタル残額ニ超ユルコトヲ得ス
「@ 救助料の額は、特約がないときは、救助された物の価額を超えることはできない。

A 救助料より先順位の先取特権があるときは、救助料の額は先取特権者の債権額を差し引いた残額を超えることはできない。」

船舶が救助された場合、船舶所有者は船舶の値段以上の救助料を払う必要はない。積荷が救助された場合、その積荷を売却して救助料を支払えばよく、それ以上を支払う必要はない。

先取特権については、第842条に規定されている。
第804条 【数人が共同して救助した場合】

 @ 数人カ共同シテ救助ヲ為シタル場合ニ於テ救助料分配ノ割合ニ付テハ第八百一条ノ規定ヲ準用ス

 A 人命ノ救助ニ従事シタル者モ亦前項ノ規定ニ従ヒテ救助料ノ分配ヲ受クルコトヲ得
「@ 数人が共同して救助をした場合、救助料の分配割合は、第801条の規定を準用する。

A 人命の救助をした者も、@の規定に従い救助料の分配を受けることができる。」

@の数人が共同して救助というのは、つまり、数隻の船が共同してという意味である。一隻の船の中の人々が共同して救助した場合は、第805条の規定が適用される。

Aは、人命救助は救助料が支払われないが(第800条を参照)、船舶や積荷を救助したときに、人命も救助した場合は、救助料が支払われるということである。これは、人命救助をした者があったからこそ、その他の者は船舶や積荷を救助する作業をすることができたといえるからである。
第805条 【救助料の支払い】

 @ 救助ニ従事シタル船舶カ汽船ナルトキハ救助料ノ三分ノ二、帆船ナルトキハ其二分ノ一ヲ船舶所有者ニ支払ヒ其残額ハ折半シテ之ヲ船長及ヒ海員ニ支払フコトヲ要ス

 A 前項ノ規定ニ依リテ海員ニ支払フヘキ金額ノ分配ハ船長之ヲ行フ此場合ニ於テハ前条ノ規定ヲ準用ス

 B 前二項ノ規定ニ反スル契約ハ無効トス
「@ 救助に従事した船舶が汽船の場合は救助料の3分の2、帆船の場合は救助料の2分の1を船舶所有者に支払い、残額は船長と船員が半分ずつ支払わなければならない。

A @の規定により船員に支払う金額の分配は、船長が行う。この場合、第804条の規定を準用する。

B @とAの規定に反する契約は無効である。」

海難救助は危険を伴い、船長や船員は労力を費やす。また、船舶所有者は船を提供している。このため、それぞれが報酬をもらう権利があるといえる。

海難救助料の分配
船舶の種類 船舶所有者 船長 船員
汽船 3分の2 6分の1 6分の1
帆船 2分の1 4分の1 4分の1
第806条 【船員間の分配額】

 船長カ前条第二項ノ規定ニ依リ救助料ノ分配ヲ為スニハ航海ヲ終ハルマテニ分配案ヲ作リ之ヲ海員ニ告示スルコトヲ要ス
「船長が、第805条第2項の規定により、救助料の分配をする場合、航海が終わるまでに分配案を作り、船員にこれを知らせなければならない。」

第807条 【船員が分配案の異議申し立てをするとき】

 @ 海員カ前条ノ分配案ニ対シテ異議ノ申立ヲ為サントスルトキハ其告示アリタル後異議ノ申立ヲ為スコトヲ得ル最初ノ港ノ管海官庁ニ之ヲ為スコトヲ要ス

 A 管海官庁ハ異議ヲ理由アリトスルトキハ分配案ヲ更正スルコトヲ得

 B 船長ハ異議ノ落著前ニハ救助料ノ支払ヲ為スコトヲ得ス
「@ 船員が第806条の規定により船長が作成した分配案に対して異議を申し立てたいときは、分配案を知らされた後、異議申し立てをすることができる最初の港の海を管理する官庁に申し立てなければならない。

A 海を管理する官庁は異議申し立てに理由があると考えるときは、分配案を訂正することができる。

B 船長は異議申し立ての結論が出る前に、救助料の支払いをすることはできない。」
第808条 【船長が分配案を作成しないとき】

 @ 船長カ分配案ノ作成ヲ怠リタルトキハ管海官庁ハ海員ノ請求ニ因リ船長ニ対シテ分配案ノ作成ヲ命スルコトヲ得

 A 船長カ前項ノ命令ニ従ハサルトキハ管海官庁ハ分配案ヲ作ルコトヲ得
「@ 船長が分配案を作成しないとき、海を管理する官庁は船員の請求によって船長に対して分配案を作成するよう命ずることができる。

A 船長が@の命令に従わないとき、海を管理する官庁が分配案を作ることができる。」
第809条 【救助料を請求できない場合】

 左ノ場合ニ於テハ救助者ハ救助料ヲ請求スルコトヲ得ス

 1 故意又ハ過失ニ因リテ海難ヲ惹起シタルトキ

 2 正当ノ事由ニ因リテ救助ヲ拒マレタルニ拘ハラス強ヒテ之ニ従事シタルトキ

 3 救助シタル物品ヲ隠匿シ又ハ濫ニ之ヲ処分シタルトキ
「次の場合には、救助者は救助料を請求することはできない。

1 故意または過失により海難を引き起こしたとき
2 正当な事由によって救助を拒否されたにもかかわらず、無理に救助したとき
3 救助した物品を隠したりまたは勝手にこれを処分したとき」

第810条 【救助者の先取特権】

 @ 救助者ハ其債権ニ付キ救助シタル積荷ノ上ニ先取特権ヲ有ス

 A 前項ノ先取特権ニハ船舶債権者ノ先取特権ニ関スル規定ヲ準用ス
「@ 救助者は、救助した積荷に対して、先取特権を持つ。

A @の先取特権については、船舶債権者の先取特権に関する規定が準用される。」

船舶債権者の先取特権に関する規定は、第842条から第847条に規定されている。
第811条 【船長は救助料の支払いができる】

 @ 船長ハ救助料ノ債務者ニ代ハリテ其支払ニ関スル一切ノ裁判上又ハ裁判外ノ行為ヲ為ス権限ヲ有ス

 A 救助料ニ関スル訴ニ於テハ船長ハ自ラ原告又ハ被告ト為ルコトヲ得但其訴ニ付キ言渡シタル判決ハ救助料ノ債務者ニ対シテモ其効力ヲ有ス
「@ 船長は救助料を支払わなければならない債務者の代わりに、その支払いに関する一切の裁判上または裁判外の行為をする権限を持つ。

A 救助料に関する訴訟において、船長は債務者(債権者)の代わりに原告または被告となることができる。ただし、この船長が当事者となった訴訟で言い渡された判決は、救助料の債務者(債権者)に対してもその効力がある。」

救助された船舶や積荷の所有者は、自分の知らない海で起こった海難救助について交渉することは難しい。また、積荷の所有者は複数いるのが普通である。その為、船長が一手に引き受けて交渉や支払いができるとしたのが、本条である。

第812条 【積荷の所有者】

 積荷ノ所有者ハ救助セラレタル物ヲ以テ救助料ヲ支払フ義務ヲ負フ
「積荷の所有者は、救助された物でもって救助料を支払う義務を負う。」

第813条 【積荷の先取特権】

 積荷ノ上ニ存スル先取特権ハ債務者カ其積荷ヲ第三取得者ニ引渡シタル後ハ其積荷ニ付キ之ヲ行フコトヲ得ス
「積荷の先取特権は、債務者がその積荷を第三者に引き渡した後は、その積荷に対して先取特権を行使することはできない。」

第814条 【時効】

 救助料ノ請求権ハ救助ヲ為シタル時ヨリ一年ヲ経過シタルトキハ時効ニ因リテ消滅ス
「救助料を請求する権利は、救助したときから1年で、時効により消滅する。」

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