商法 条文 商法 解説
第3編 海商

第6章 保険
海上保険契約は、損害保険契約の一種である(海上保険のほうが先に生まれ発展してきた)。海上保険では、保険契約者と保険者は対等的立場の企業者であることが多いため、商人的・契約的色彩が濃い。また、海上運送は世界的に行われているため、国際性・統一性に富んだものである。

本章では、海上の保険について独特の点を規定しており、それ以外については第2編の損害保険契約の部分が準用される。

ただし、実際的には、当事者が自治的に採用する保険約款が重要であることが多い。
第815条 【海上保険契約】

 @ 海上保険契約ハ航海ニ関スル事故ニ因リテ生スルコトアルヘキ損害ノ填補ヲ以テ其目的トス

 A 海上保険契約ニハ本章ニ別段ノ定アル場合ヲ除ク外前編第十章第一節第一款ノ規定ヲ適用ス
「@ 海上保険契約とは、航海に関する事故によって生ずる損害をおぎなうことを約束する契約である。

A 海上保険契約には、本章に書いてあること以外は、第2編第10章第1節第1款(損害保険契約)の規定を準用する。」

海上保険契約とは、船舶または積荷について、航海に関する事故によって生ずる損害をおぎなうことを目的とする損害保険契約である。

損害保険契約であるため、第2編の第629条から第664条までの規定が準用される。
第816条 【保険者の責任】

 保険者ハ本章又ハ保険契約ニ別段ノ定アル場合ヲ除ク外保険期間中保険ノ目的ニ付キ航海ニ関スル事故ニ因リテ生シタル一切ノ損害ヲ填補スル責ニ任ス
「保険者(つまり、保険会社のこと)は、本章または保険契約で別の定めがある場合は別として、保険期間中に保険をかけた目的物が、航海に関する事故で生じた一切の損害をおぎなう責任がある。」

航海において生ずる事故には以下のようなものがある。
種類 説明
航海に固有な事故 沈没、座礁、膠砂(こうさ)
航海に関連して生じる事故 火災、衝突、爆発、捕獲、盗難、船員の悪行、共同海損処分


海上保険の保険期間には以下のものがある。
名前 説明
航海保険 特定の航海を標準として定められる
定時保険 一定の期間を標準として定められる
第817条 【共同海損】

 保険者ハ被保険者カ支払フヘキ共同海損ノ分担額ヲ填補スル責ニ任ス但保険価額ノ一部ヲ保険ニ付シタル場合ニ於テハ保険者ノ負担ハ保険金額ノ保険価額ニ対スル割合ニ依リテ之ヲ定ム
「保険者は、被保険者が支払わなければならない共同海損の分担金をおぎなう責任がある。ただし、保険価額の一部分だけに保険をかけている場合は、保険者の負担は保険金額の保険価額に対する割合に応じて決める。」

共同海損については、以下を参照。
第788条〜第799条

共同海損の分担義務は、直接には保険事故による損害とは言えないが、商法ではこれも保険者がおぎなう責任があると規定している。
第818条 【船舶の保険】

 船舶ノ保険ニ付テハ保険者ノ責任カ始マル時ニ於ケル其価額ヲ以テ保険価額トス
「船舶に保険をかけた場合、保険価額は保険者の責任がはじまる時においての船舶の価額とする。」

実際に事故が発生したときの船舶の価額が保険価額となるわけではない。ただし、当事者間において、協定保険価額の定めがあるときはそれに従うのが原則である(第639条、第815条第2項)。
第819条 【積荷の保険】

 積荷ノ保険ニ付テハ其船積ノ地及ヒ時ニ於ケル其価額及ヒ船積並ニ保険ニ関スル費用ヲ以テ保険価額トス
「積荷に保険をかけた場合、保険価額は荷物を船積みした場所と船積みした時の価額に船積み費用と保険費用を加えたものとする。」

第818条も第819条も同じ趣旨からの規定である。つまり、実際に保険事故が発生したときに、その時点での価値を算定することは困難であるため、規定されている。
第820条 【希望利益保険】

 積荷ノ到達ニ因リテ得ヘキ利益又ハ報酬ノ保険ニ付テハ契約ヲ以テ保険価額ヲ定メサリシトキハ保険金額ヲ以テ保険価額トシタルモノト推定ス
「積荷が目的地へ到達したことによって得られる利益または報酬に保険をかけた場合、契約で保険価額を決めなかったときは、保険金額を保険価額にしたものと推定する。」

本条は希望利益保険についての規定である。希望利益保険の場合、客観的にどれだけ利益が出るのかを算定するのは困難であり、保険にかけたものの客観的な価値を示す保険価額は出てきにくいため、保険金額を保険価額と推定するとしている。ただし、はじめから契約で保険価額を決めていた場合はそれによる。

名前 説明
保険価額 被保険利益の評価額
保険金額 保険者が支払うと約束した金額
第821条 【責任の始まりと終わり】

 @ 一航海ニ付キ船舶ヲ保険ニ付シタル場合ニ於テハ保険者ノ責任ハ荷物又ハ底荷ノ船積ニ著手シタル時ヲ以テ始マル

 A 荷物又ハ底荷ノ船積ヲ為シタル後船舶ヲ保険ニ付シタルトキハ保険者ノ責任ハ契約成立ノ時ヲ以テ始マル

 B 前二項ノ場合ニ於テ保険者ノ責任ハ到達港ニ於テ荷物又ハ底荷ノ陸揚カ終了シタル時ヲ以テ終ハル但其陸揚カ不可抗力ニ因ラスシテ遅延シタルトキハ其終了スヘカリシ時ヲ以テ終ハル
「@ 一航海について船舶を保険にかけた場合、保険者の責任は荷物または底荷の船積みにとりかかったときからはじまる。

A 荷物または底荷の船積みをした後、船舶を保険にかけたときは、保険者の責任は契約成立のときからはじまる。

B @とAの場合、保険者の責任は船舶が到達した港において、荷物または底荷の陸揚げが終了したときをもって終わる。ただし、その陸揚げが不可抗力以外の理由で遅延したときは、通常陸揚げが終了していたであろうときをもって終わりとする。」

底荷とは、船舶の安全を保つために最小限積まなければならない土砂や水などのことである。

不可抗力とは、天災など、人の力ではどうすることもできないような事故のことである。
第822条 【希望利益保険】

 @ 積荷ヲ保険ニ付シ又ハ積荷ノ到達ニ因リテ得ヘキ利益若クハ報酬ヲ保険ニ付シタル場合ニ於テハ保険者ノ責任ハ其積荷カ陸地ヲ離レタル時ヲ以テ始マリ陸揚港ニ於テ其陸揚カ終了シタル時ヲ以テ終ハル

 A 前条第三項但書ノ規定ハ前項ノ場合ニ之ヲ準用ス
「@ 積荷を保険にかけたり、または、積荷の到達によって得た利益もしくは報酬に保険をかけた場合、保険者の責任は積荷が陸地を離れたときからはじまり、陸揚げ港に積荷が陸揚げされ終わったときをもって終わる。

A 第821条第3項但し書きの規定は、@の場合に準用する。」

@は希望利益保険についてのことである。
第823条 【海上保険証券】

 海上保険証券ニハ第六百四十九条第二項ニ掲ケタル事項ノ外左ノ事項ヲ記載スルコトヲ要ス

 1 船舶ヲ保険ニ付シタル場合ニ於テハ其船舶ノ名称、国籍並ニ種類、船長ノ氏名及ヒ発航港、到達港又ハ寄航港ノ定アルトキハ其港名

 2 積荷ヲ保険ニ付シ又ハ積荷ノ到達ニ因リテ得ヘキ利益若クハ報酬ヲ保険ニ付シタル場合ニ於テハ船舶ノ名称、国籍並ニ種類、船積港及ヒ陸揚港
「海上保険証券には第649条第2項の事項と、次の1と2についてを記載しなければならない。

1 船舶を保険にかけた場合、船舶の名称、国籍、種類、船長の名前、発航した港、到達する港、寄航する港(予定がある場合)
2 積荷を保険にかけた場合や、積荷が到達することによって得られる利益もしくは報酬を保険にかけた場合は、船舶の名称、国籍、種類、船積み港、陸揚げ港」

本条をまとめると以下のようになる。
海上保険証券の記載事項
第649条第2項 1 保険の目的(保険をかけることができるもの)
2 保険者がどんな事故から損害をおぎなうか
3 保険価額を決めたときは、その保険価額
4 保険金額(支払われる保険金の最高額)
5 保険料およびその支払い方法
6 保険期間を定めたときは、その開始と終了の年月日
7 保険契約者の名前または商号
8 保険契約の年月日
9 保険証券を作成した場所および作成年月日
第823条(本条) 船舶を保険にかけた場合 船舶の名称、国籍、種類、船長の名前、発航した港、到達する港、寄航する港(予定がある場合)
積荷を保険にかけた場合や、積荷が到達することによって得られる利益もしくは報酬を保険にかけた場合 船舶の名称、国籍、種類、船積み港、陸揚げ港
第824条 【航海の変更】

 @ 保険者ノ責任カ始マル前ニ於テ航海ヲ変更シタルトキハ保険契約ハ其効力ヲ失フ

 A 保険者ノ責任カ始マリタル後航海ヲ変更シタルトキハ保険者ハ其変更後ノ事故ニ付キ責任ヲ負フコトナシ但其変更カ保険契約者又ハ被保険者ノ責ニ帰スヘカラサル事由ニ因リタルトキハ此限ニ在ラス

 B 到達港ヲ変更シ其実行ニ著手シタルトキハ保険シタル航路ヲ離レサルトキト雖モ航海ヲ変更シタルモノト看做ス
「@ 保険者の責任が始まる前に、航海を変更したとき、保険契約は効力を失う。

A 保険者の責任が始まった後に、航海を変更したとき、保険者は変更後に起こった事故について責任を負わない。ただし、その変更が、保険契約者または被保険者の責任ではない事由によるとき、保険者は責任を負う。

B 到達港を変更し、そこへ向かって航海しはじめたときは、保険をかけたときに決めた航路を離れないうちでも、航海を変更したものとみなす。」

航海を変更した場合、保険契約をしたときには想定しなかった危険が生じることもあるため、保険契約の効力がなくなる。

本条が規定している航海の変更とは以下である。
条文 説明
第824条 発航港または到達港を変更すること
第825条 発航港または到達港は変更しないが、航路を変更すること


第824条 契約 保険期間開始 保険期間終了
第1項 ここで航海変更。この時点で、契約は失効となる。 当然この部分で起こった事故の損害は填補されない。
第2項 この部分で起こった事故についての損害は填補される。 ここで航海変更。 ここから保険期間終了までの事故の損害は填補されない。
※保険期間の開始は、船舶保険では船積み着手、積荷保険では離陸である。
第825条 【危険の変更】

 被保険者カ発航ヲ為シ若クハ航海ヲ継続スルコトヲ怠リ又ハ航路ヲ変更シ其他著シク危険ヲ変更若クハ増加シタルトキハ保険者ハ其変更又ハ増加以後ノ事故ニ付キ責任ヲ負フコトナシ但其変更又ハ増加カ事故ノ発生ニ影響ヲ及ホササリシトキ又ハ保険者ノ負担ニ帰スヘキ不可抗力若クハ正当ノ理由ニ因リテ生シタルトキハ此限ニ在ラス
「被保険者が発航もしくは航海を継続することを怠ったり、または、航路を変更、その他著しく危険が変更もしくは増加したときは、保険者はその変更または増加以後の事故について、責任を負わなくてよい。ただし、その変更または増加が事故の発生とは関係がなかったとき、または、保険者が責任を負うことになっている事故が原因で起こったとき、正当な理由によって起こったときは、保険者は責任を負わなければならない。」

第826条 【船長の変更】

 保険契約中ニ船長ヲ指定シタルトキト雖モ船長ノ変更ハ契約ノ効力ニ影響ヲ及ホサス
「保険契約中の船長を指定していたときに、その船長が別の船長に代わったからといって、保険契約の効力に影響を及ぼすことはない。」

船長がやむを得ない事情により変更となることもある(第707条)。また、船長は船舶の種類により、一定の資格が必要で、船長の技能は一定水準以上保証されている。そのため、船長の変更によって、船舶の航行には影響がないと考えられるため、本条の規定がある。
第827条 【船舶の変更】

 積荷ヲ保険ニ付シ又ハ積荷ノ到達ニ因リテ得ヘキ利益若クハ報酬ヲ保険ニ付シタル場合ニ於テ船舶ヲ変更シタルトキハ保険者ハ其変更以後ノ事故ニ付キ責任ヲ負フコトナシ但其変更カ保険契約者又ハ被保険者ノ責ニ帰スヘカラサル事由ニ因リタルトキハ此限ニ在ラス
「積荷または積荷の到達により得られる利益もしくは報酬を保険にかけた場合、船舶を変更したときは保険者はその変更以後の事故について責任を負わない。ただし、その変更が保険契約者または被保険者の責任によらない事由によるときは、責任を負う。」

本条は積荷や積荷の到達による利益についての規定である(つまり、積荷保険とか希望利益保険のこと)。船舶保険の場合であれば契約は失効するが、積荷保険や希望利益保険の場合は、船舶が変更となったとき以後の事故について責任を負わないとされている。
第828条 【船名を決めなかった場合】

 @ 保険契約ヲ為スニ当タリ荷物ヲ積込ムヘキ船舶ヲ定メサリシ場合ニ於テ保険契約者又ハ被保険者カ其荷物ヲ船積シタルコトヲ知リタルトキハ遅滞ナク保険者ニ対シテ船舶ノ名称及ヒ国籍ノ通知ヲ発スルコトヲ要ス

 A 保険契約者又ハ被保険者カ前項ノ通知ヲ怠リタルトキハ保険契約ハ其効力ヲ失フ
「@ 保険契約をしたとき、荷物を積み込む船舶を決めていなかった場合において、保険契約者または被保険者はその荷物を船積みしたことをしったとき、すぐに保険者に船舶の名称と国籍の通知をしなければならない。

A 保険契約者または被保険者が@の通知をしなかったときは、保険契約は効力を失う。」

本条は船名未詳保険についての規定である。
第829条 【保険者が責任を負わない場合】

 保険者ハ左ニ掲ケタル損害又ハ費用ヲ填補スル責ニ任セス

 1 保険ノ目的ノ性質若クハ瑕疵、其自然ノ消耗又ハ保険契約者若クハ被保険者ノ悪意若クハ重大ナル過失ニ因リテ生シタル損害

 2 船舶又ハ運送賃ヲ保険ニ付シタル場合ニ於テ発航ノ当時安全ニ航海ヲ為スニ必要ナル準備ヲ為サス又ハ必要ナル書類ヲ備ヘサルニ因リテ生シタル損害

 3 積荷ヲ保険ニ付シ又ハ積荷ノ到達ニ因リテ得ヘキ利益若クハ報酬ヲ保険ニ付シタル場合ニ於テ傭船者、荷送人又ハ荷受人ノ悪意若クハ重大ナル過失ニ因リテ生シタル損害

 4 水先案内料、入港料、燈台料、検疫料其他船舶又ハ積荷ニ付キ航海ノ為メニ出タシタル通常ノ費用
「保険者は次の1から4の場合には、損害または費用をおぎなう責任はない。

1 保険をかけたものの性質もしくは瑕疵、自然消耗または保険契約者もしくは被保険者の悪意もしくは重過失によって生じた損害
2 船舶または運送賃を保険にかけた場合、発航時安全に航海をするために必要な準備をせずに、または、必要な書類をそなえなかったことによって、生じた損害
3 積荷を保険にかけ、または、積荷の到達によって得た利益もしくは報酬を保険にかけた場合において、傭船者、荷送人、荷受人の悪意もしくは重過失による損害
4 水先案内料、入港料、燈台料、検疫料、その他船舶または積荷の航海のために支払った通常の費用」

第830条 【小さな損害や費用について】

 @ 共同海損ニ非サル損害又ハ費用カ其計算ニ関スル費用ヲ算入セスシテ保険価額ノ百分ノ二ヲ超エサルトキハ保険者ハ之ヲ填補スル責ニ任セス

 A 右ノ損害又ハ費用カ保険価額ノ百分ノ二ヲ超エタルトキハ保険者ハ其全額ヲ支払フコトヲ要ス

 B 前二項ノ規定ハ当事者カ契約ヲ以テ保険者ノ負担セサル損害又ハ費用ノ割合ヲ定メタル場合ニ之ヲ準用ス

 C 前三項ニ定メタル割合ハ各航海ニ付キ之ヲ計算ス
「@ 共同海損として取り扱ってもらえない損害や費用が、その額を計算する費用を加えないで、保険価額の2%以下の場合には、保険者はその損害や費用をおぎなう責任を負わない。

A @の損害や費用が保険価額の2%よりも多いときは、保険者はその全額を支払わなければならない。

B @とAの規定は、当事者が契約で保険者の負担しない損害または費用の割合を決めた場合に準用する。

C @とAとBに定めてある割合は、一航海ごとに計算する。」

保険者は、保険事故によって発生した損害については、相当因果関係があるかぎり、全損でも分損でも原則として支払いをしなければならない。

しかし、海上活動においては常に何らかの危険にさらされているものであり、微小な損害でも支払いをしなければならないとなると、計算費用などのコストばかりがかかってしまうため、本条の規定により、2%以下の場合は、支払いの責任がないとされている。
第831条 【積荷の一部に損害が生じた場合】

 保険ノ目的タル積荷カ毀損シテ陸揚港ニ到達シタルトキハ保険者ハ其積荷カ毀損シタル状況ニ於ケル価額ノ毀損セサル状況ニ於テ有スヘカリシ価額ニ対スル割合ヲ以テ保険価額ノ一部ヲ填補スル責ニ任ス
「保険をかけた積荷が毀損して陸揚げ港に到達したとき、保険者はその積荷の毀損した状態での価額と、毀損していない状態での価額との割合に比例して、保険価額の一部をおぎなう責任がある。」

積荷保険では、保険価額は当事者間の協定によるか、第819条により船積み地と船積み時の価額とされている。計算方法は以下のようにして行う。

健全価額−毀損価額
填補額 保険価額 × ──────────────
健全価額
第832条 【不可抗力による積荷の売却】

 @ 航海ノ途中ニ於テ不可抗力ニ因リ保険ノ目的タル積荷ヲ売却シタルトキハ其売却ニ依リテ得タル代価ノ中ヨリ運送賃其他ノ費用ヲ控除シタルモノト保険価額トノ差ヲ以テ保険者ノ負担トス但保険価額ノ一部ヲ保険ニ付シタル場合ニ於テ第六百三十六条ノ適用ヲ妨ケス

 A 前項ノ場合ニ於テ買主カ代価ヲ支払ハサルトキハ保険者ハ其支払ヲ為スコトヲ要ス但其支払ヲ為シタルトキハ被保険者ノ買主ニ対シテ有セル権利ヲ取得ス
「@ 航海中に、不可抗力により保険をかけた積荷を売却したときは、その売却によって得た代金から運送賃その他の費用を差し引いた額と、保険価額との差を保険者の負担とする。ただし、保険価額の一部だけを保険にかけた場合においては、第636条に従い、保険価額と積荷価格の割合に比例して、支払う保険金額を決める。

A @の場合において、積荷の買主が代金を支払わないとき、保険者は代わりに代金を支払わなければならない。ただし、保険者が代わりに支払いをした場合、被保険者が買主に対して持っていた権利を保険者が取得する。」

船舶が衝突し、航海できなくなった場合、他の船舶で積荷を運送するとなると多額の費用がかかり、途中で積荷を売却したほうが有利なこともある。そのような場合についての規定である。
第833条 【委付】

 左ノ場合ニ於テハ被保険者ハ保険ノ目的ヲ保険者ニ委付シテ保険金額ノ全部ヲ請求スルコトヲ得

 1 船舶カ沈没シタルトキ

 2 船舶ノ行方カ知レサルトキ

 3 船舶カ修繕スルコト能ハサルニ至リタルトキ

 4 船舶又ハ積荷カ捕獲セラレタルトキ

 5 船舶又ハ積荷カ官ノ処分ニ依リテ押収セラレ六个月間解放セラレサルトキ
「次の1から5の場合、被保険者は保険をかけたものを保険者に委付して保険金額の全部を請求することができる。

1 船舶が沈没したとき
2 船舶が行方不明になったとき
3 船舶が修繕不能になったとき
4 船舶または積荷が捕獲されたとき
5 船舶または積荷が国に押収され6ヶ月たっても押収を解いてもらえないとき」

委付とは簡単に言うと、保険をかけたものの一切を保険者に渡して、保険金を請求することである。

損害保険の一般原則では、被保険者は被保険利益の全部または一部の現実の損害を立証しなければ、保険金の支払いを受けることはできない。

だが、海上での危険は、船舶の行方不明のように、所有者が船舶を使用できなくなっているにもかかわらず、被保険利益を確定的に喪失したということを立証できないことがある。また、船舶の破損が甚大で、修繕不能になったが、船舶自体は存在するため、いくらかの価値が残っている場合もある。

このような場合、損害発生の事実が未確定であることを理由に保険金が支払われないとなると、保険の意味がなくなるため、本条が規定されている。1号から5号までの場合を全損扱いにして、被保険者に保険金全額の請求を認めている。そして、被保険者は船舶に対して持っていた権利を保険者に渡さなければならない。
第834条 【船舶が行方不明になったとき】

 @ 船舶ノ存否カ六个月間分明ナラサルトキハ其船舶ハ行方ノ知レサルモノトス

 A 保険期間ノ定アル場合ニ於テ其期間カ前項ノ期間内ニ経過シタルトキト雖モ被保険者ハ委付ヲ為スコトヲ得但船舶カ保険期間内ニ滅失セサリシコトノ証明アリタルトキハ其委付ハ無効トス
「@ 船舶が、6ヶ月間どこにいるのかわからないとき、その船舶は行方不明になったものとする。

A 保険期間が決めてある場合、その保険期間が6ヶ月間経過しないうちに終わったとしても、被保険者は委付することができる。ただし、保険期間内に船舶が滅失していなかったことが証明されたときは、委付の効力はない。」
第835条 【他の船舶で運送した場合】

 第八百三十三条第三号ノ場合ニ於テ船長カ遅滞ナク他ノ船舶ヲ以テ積荷ノ運送ヲ継続シタルトキハ被保険者ハ其積荷ヲ委付スルコトヲ得ス
「第833条第3号の場合、船長がすぐに他の船舶で積荷の運送を継続したときは、被保険者はその積荷を委付することはできない。」

第836条 【委付の通知】

 @ 被保険者カ委付ヲ為サント欲スルトキハ三个月内ニ保険者ニ対シテ其通知ヲ発スルコトヲ要ス

 A 前項ノ期間ハ第八百三十三条第一号、第三号及ヒ第四号ノ場合ニ於テハ被保険者カ其事由ヲ知リタル時ヨリ之ヲ起算ス

 B 再保険ノ場合ニ於テハ第一項ノ期間ハ其被保険者カ自己ノ被保険者ヨリ委付ノ通知ヲ受ケタル時ヨリ之ヲ起算ス
「@ 被保険者が委付をしたいときは、3ヶ月以内に保険者にその通知をしなければならない。

A @の期間は、第833条第1号、第2号、第4号の場合においては、被保険者がその事由を知ったときから起算する。

B 再保険の場合、@の期間は保険者が被保険者から委付の通知を受け取ったときから起算する。」

再保険とは、保険者が自分が支払わなければならない責任が起こった場合のために保険をかけておくことである。つまり、保険会社が別の保険会社に保険をかけておく場合のことである。

委付の通知期間の起算点
原因 起算点
・船舶の沈没、修繕不能
・船舶または積荷の捕獲
被保険者が知ったときから
・船舶の行方不明
・船舶または積荷の押収
法定期間(6ヶ月)経過のときから
※委付の通知をしなかった場合は、委付することはできなくなる。だが、普通の方法での保険金請求はできる。
第837条 【委付】

 @ 委付ハ単純ナルコトヲ要ス

 A 委付ハ保険ノ目的ノ全部ニ付テ之ヲ為スコトヲ要ス但委付ノ原因カ其一部ニ付テ生シタルトキハ其部分ニ付テノミ之ヲ為スコトヲ得

 B 保険価額ノ一部ヲ保険ニ付シタル場合ニ於テハ委付ハ保険金額ノ保険価額ニ対スル割合ニ応シテ之ヲ為スコトヲ得
「@ 委付は条件や期限などをつけず、委付することだけを申し出なければならない。

A 委付は保険をかけたもの全部についてでなければならない。ただし、委付の原因が保険をかけたものの一部についてだけで生じたときは、その一部分についてだけを委付することができる。

B 保険価額の一部についてだけ保険をかけた場合、委付は保険金額の保険価額に対する割合に応じてすることができる。」

委付はそもそも、なるべく速く簡単に当事者間の決済関係を終了させるための制度であるため、本条が規定されている。
第838条 【保険者が委付を承認したとき】

 保険者カ委付ヲ承認シタルトキハ後日其委付ニ対シテ異議ヲ述フルコトヲ得ス
「保険者が委付を承認したときは、後から委付について異議を述べることはできない。」

委付とは、損害賠償の責任を負う者が、自分の持っているある財産を相手に提供して、それで自分の責任を決済することをいう。Aが船を所有しており、Bに10の損害を与えたとする。この時、Aの船の値段、船が受け取る運賃などを全部足したら8だったとする。Aは8をBに提供すると、Bに与えた損害の賠償責任を決済することができる。

委付は被保険者の一方的意思表示によりなされるものであり、相手方の承認は必要としない。しかし、保険者が委付について承認をしたときは法律上、特殊な効力が生じ、保険者は後から異議を述べることができなくなる。被保険者は委付の原因を証明することなく、保険金の支払い請求ができる(第841条)。
第839条 【委付の効力】

 @ 保険者ハ委付ニ因リ被保険者カ保険ノ目的ニ付キ有セル一切ノ権利ヲ取得ス

 A 被保険者カ委付ヲ為シタルトキハ保険ノ目的ニ関スル証書ヲ保険者ニ交付スルコトヲ要ス
「@ 保険者は委付の結果、被保険者が保険をかけたものについてもっていた一切の権利を取得する。

A 被保険者が委付をしたときは、保険をかけたものに関する証書を保険者に交付しなければならない。」

委付の意思表示が保険者に到達することによって、保険をかけたものに対する権利は保険者に移転し、この効果を前提として、被保険者は保険金を請求することができる。

@の一切の権利とは、被保険者が保険をかけたものに対して持っていた所有権などのことである。ただし、損害が第三者の行為によって生じた場合、その第三者に対する損害賠償請求権などが一切の権利に含まれるかは争いがあるが、判例では含まれるとされている。
第840条 【委付するときに、通知しなければならないこと】

 @ 被保険者ハ委付ヲ為スニ当タリ保険者ニ対シ保険ノ目的ニ関スル他ノ保険契約並ニ其負担ニ属スル債務ノ有無及ヒ其種類ヲ通知スルコトヲ要ス

 A 保険者ハ前項ノ通知ヲ受クルマテハ保険金額ノ支払ヲ為スコトヲ要セス

 B 保険金額ノ支払ニ付キ期間ノ定アルトキハ其期間ハ保険者カ第一項ノ通知ヲ受ケタル時ヨリ之ヲ起算ス
「@ 被保険者は、委付をするにあたり、保険者に対して保険をかけたものに関する他の保険契約や負担しなければならない債務があるかないかを通知しなければならない(もしある場合はその種類も)。

A 保険者は@の通知を受けるまで、保険金額の支払いをすることができない。

B 保険金額の支払いについて期間が定められているとき、その期間は保険者が@の通知を受けたときより起算される。」

重複保険関係にある場合、保険者の支払う必要がある金額が変わってくるし(第632条と第633条)、保険をかけたもののうえに担保物権がある場合には、様々な問題が生じてくるため、本条の規定がある。

本条の通知は、委付が有効になるための要件ではない。通知があってから保険金額の支払いをするということである。
第841条 【保険者が委付を承認しないとき】

 保険者カ委付ヲ承認セサルトキハ被保険者ハ委付ノ原因ヲ証明シタル後ニ非サレハ保険金額ノ支払ヲ請求スルコトヲ得ス
「保険者が委付を承認しないときは、被保険者は委付できる理由があることを証明してからでないと、保険金額の支払いを請求することはできない。」

第838条に書いたとおり、委付は被保険者の一方的意思表示であり、保険者の委付の承認は委付の効力自体にかかわるものではない。
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